事前研究

アクセシブルコードは、その開発過程において、視覚障害についての様々な知見を蓄積することによって生まれました。

ここでは、多くの実証実験などを通して得られた貴重な「気付き」についてご紹介します。

プロジェクトのはじまり

エクスポート・ジャパンの関係会社である株式会社PIJINでは、印刷物や看板を簡単に多言語化・音声化できる「QR Translator」という世界初のソリューションを展開しています。2016年8月に、視覚障害者の自立支援を行う団体である神戸ライトハウス様から「視覚障害者が情報を受け取るために QR Translator が持つ音声読み上げ機能を利用できないか」というご相談を受けました。このプロジェクトは、その問い合わせをきっかけにして始まり、そこから視覚障害がある方々についてのニーズや困りごとについての研究をスタートさせました。

スマートフォンとノートパソコンを使っている2人のイラスト。背景にはアクセシブルコードのユーザー・インターフェースのイラスト。

点字だけでは解決できない理由

点字は多くの視覚障害者にとって重要であり、その価値は否定できません。しかし、点字がすべての問題を解決するわけではないことも事実です。なぜなら、視覚障害がある方々の中で、点字が読めるのは約10人に1人と言われているからです(特に後天的に視覚障害を持った方々は点字を学習していないケースが多い)。また、商品パッケージのような限られたスペースに点字を載せる場合、情報量にどうしても限界が生じるという問題もあります。更に、商品を販売するメーカーにとっては、パッケージの生産コストにも直結します。

そして、点字は言語によって対応する文字(音)が異なります。 日本語と英語の点字を併記しようとすると、利用者に混乱が生じやすくなってしまうのもこれまでの課題でした。

日本語の仮名に対応する点字と、英語のアルファベットに対応する点字の比較。例えば、縦に二つ並んだ点字が、日本語では「イ」、英語では「b」を意味する。横に二つ並んだ点字は、日本語では「ウ」、英語では「c」を意味する。

そのため、点字を超える新しい解決策が必要だと考えました。

スマートフォンのアクセシビリティ

iPhone や Android 系のスマートフォンには、視覚障害者をサポートするためのアクセシビリティ機能が付帯しています。たとえ全盲の人であっても、iPhone であれば VoiceOver(ボイスオーバー)、Android であれば TalkBack(トークバック)という設定で、スマートフォン上の文字情報を音声で読み上げる事が可能です。そして、近年の調査によると、全盲を含む視覚障害がある多くの方々が、スマートフォンや同様のICT技術を利用しています。

3つ横に並んだのスマートフォンの画面に、iOSでVoiceOverを設定するための手順が英語で表示され、左から順に、メニュー項目「Accessibility」、「VoiceOver」、そして「VoiceOver」とラベルのついたスイッチボタンが赤枠で囲まれている。
3つ横に並んだスマートフォンのの画面に、AndroidでTalkBackを設定する手順が英語で表示され、左から順に、メニュー項目「Accessibility」、「TalkBack」、そして「On」とラベルのついたスイッチボタンが赤枠で囲まれている。

出典:「視覚障害者の意思疎通支援サービス, 及びICT機器利用状況の地域間差の分析」(渡辺 哲也、新潟大学工学部、2017年)

「視覚障害者のICT機器利用率」と題された棒グラフ。2013年のデータが青、2017年のデータが薄紫で表示されている。携帯電話を使用している人の割合は、85.8%から60.9%に減少した。スマートフォンやタブレット端末を利用している人は、それぞれ22.6%から52.1%、9.5%から14.4%に増加している。パソコンは2013年に96.3%、2017年に96.7%と、両年ともほぼ全員が使用している。「視覚障害者のICT機器利用率」と題された棒グラフ。2013年のデータが青、2017年のデータが薄紫で表示されている。携帯電話を使用している人の割合は、85.8%から60.9%に減少した。スマートフォンやタブレット端末を利用している人は、それぞれ22.6%から52.1%、9.5%から14.4%に増加している。パソコンは2013年に96.3%、2017年に96.7%と、両年ともほぼ全員が使用している。

QRコード

QRコードは、株式会社デンソーウェーブが開発し、世界中で広く普及しているオープンソースの2次元コードです。多くのスマートフォンには、QRコードを読み取る機能が標準で搭載されています。

私たちは視覚障害を持つ方々にヒアリングを行い、日常生活でQRコードを使っている人がいることを知りました。そこで、スマートフォンで問題なくQRコードを読み取れるなら、点字の代わりにもなりうるのではないかと考えました。しかし、このプロジェクトを始めた時点では、視覚障害者の何%が実際にQRコードを利用しているのか、またどうすればより多くの視覚障害者が簡単にQRコードを読み取れるようになるのかについて、十分な情報がありませんでした。

そのため、視覚障害者支援団体と協力して、自分たちで調査や実証実験を行う必要があると考えました。

当事者による実証実験

科学的・定量的なデータを得るために、多くの当事者に実験に参加していただくことは、当初、私達の力だけでは無理なように思えました。そこで、神戸ライトハウス様と協力して、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の課題解決型福祉用具実用化開発支援事業に応募し、その認可を受けたことで、実証実験への道がひらけました。

実証実験では、神戸ライトハウス様を通じて全国の視覚障害者支援団体の協力を得、のべ150名の視覚障害を持つ方々に参加していただき、そこから視覚障害者のQRコード利用に関してさまざまな知見を得ることができました。

その中の主な結果を以下でご紹介します。

タブレットを持って立っている人とノートパソコンを膝の上に置いて座っている人のイラスト。背景には、アクセシブル・コードのユーザー・インターフェースのイラスト。

視覚障害者の声

視覚に障害がある方々100名に、「日常生活の中で、知りたいけれど情報にアクセスしにくいと感じているもの」を聞きました(複数回答あり)。結果は以下のグラフのとおりです。

回答者数を青い横棒で示したグラフ。「食料品などの種類」と答えたのが50名、「食品の賞味期限」が35名、「飲料の種類(アルコールや糖分の有無など)」が22名、「食品の産地や原材料名」が19名、「薬の情報(処方など)」が17名、「服の情報(色、素材、洗濯方法)」が16名、「洗剤などの種類」が14名、「受け取り郵便物(宅配便など)」が12名、「インスタントラーメンの食べ方」が12名、「列車やバスの時刻表」が9名、「飲食店のメニュー」が8名、「電化製品の説明書」が7名、「役所からの書類」が6名、「音楽CDの種類」が5名となっている。回答者数を青い横棒で示したグラフ。「食料品などの種類」と答えたのが50名、「食品の賞味期限」が35名、「飲料の種類(アルコールや糖分の有無など)」が22名、「食品の産地や原材料名」が19名、「薬の情報(処方など)」が17名、「服の情報(色、素材、洗濯方法)」が16名、「洗剤などの種類」が14名、「受け取り郵便物(宅配便など)」が12名、「インスタントラーメンの食べ方」が12名、「列車やバスの時刻表」が9名、「飲食店のメニュー」が8名、「電化製品の説明書」が7名、「役所からの書類」が6名、「音楽CDの種類」が5名となっている。

特に食品や医薬品など「実際に口にするもの」の情報を自分自身で取得するのが難しいということがわかりました。

QRコードは本当に読み取り可能か?

最初の実証実験では、視覚に障害があっても、QRコードの読み取りが本当にできるかどうかを確認しました。 その結果、練習をして少しのコツを掴んでいただくことで、視覚障害の度合いに関わらず、ほとんどの方がQRコードの読み取りをスムーズに行えることが分かりました。

また、QRコードの読み取りに慣れている方は、この画像のように、少し距離をおいて手の位置を固定することによって読み取っていることが観察からわかりました。

QRコードが印刷されたチラシが机の上に置いてあり、その上の約20~30センチ離れたところで、人の手がスマートフォンをかざしている。
「QRコード読み取り成功率(事前レクチャー無し)」と題された、薄紫色の棒グラフ。100名中52%が成功。全盲者に限ると36.7%、弱視者は75%、スマートフォン利用経験者は71.4%、QRコード利用経験者は71.8%であった。「QRコード読み取り成功率(事前レクチャー無し)」と題された、薄紫色の棒グラフ。100名中52%が成功。全盲者に限ると36.7%、弱視者は75%、スマートフォン利用経験者は71.4%、QRコード利用経験者は71.8%であった。「QRコード読み取り成功率(事前レクチャー有り)」と題された、青色の棒グラフ。100名中98%が成功。全盲者に限ると98.3%、弱視者は97.5%、スマートフォン利用経験者は100%、QRコード利用経験者は100%であった。「QRコード読み取り成功率(事前レクチャー有り)」と題された、青色の棒グラフ。100名中98%が成功。全盲者に限ると98.3%、弱視者は97.5%、スマートフォン利用経験者は100%、QRコード利用経験者は100%であった。

以下の動画では、QRコードをスキャンする様子をご覧いただけます。

スキャンの成功率に影響を与える要因は?

一定の環境下では、視覚障害があってもQRコードを読み取れることが明らかになった後は、その読み取りの成功率に与える要因は何かについて検証しました。

1つ目の要因は、QRコードのサイズです。前述のように、多くの視覚障害者は、約20~30cm離れたところからコードを読み取ろうとするため、QRコードはその距離からカメラで読み取れる大きさである必要があります。 この値は、カメラの解像度やQRコードのバージョンによっても異なりますが、少なくとも1辺10mm四方以上が理想的だとわかりました。

「QRコードのサイズの違いによる読み取り成功率比較(調査人数50名)」と題された、青い棒グラフ。0.6センチでは48%、0.8センチでは82%、1センチでは96%、1.2センチでは100%が成功した。「QRコードのサイズの違いによる読み取り成功率比較(調査人数50名)」と題された、青い棒グラフ。0.6センチでは48%、0.8センチでは82%、1センチでは96%、1.2センチでは100%が成功した。

2つ目の要因は、コードの位置を示す触覚識別マークです。弱視の方々は、QRコードの場所を特定するのは比較的容易でしたが、全盲の方々の場合は、QRコードがどこにあるのかの視覚的手がかりがありません。 1枚の紙に印刷されたQRコードであれば大きな問題ではないのですが、商品パッケージのような立体物の場合、影響がより大きくなります。

触覚識別マークさえあれば、その種類による違いは大きくありませんでした。しかし、触覚識別マークの有無は、コードの位置を特定して読み取りの成功率を高めるためには、非常に重要であることがわかりました。

「QRコードの印の違いによる読み取り成功率比較(調査人数50名)」と題された、青い棒グラフ。点々の目印では約95%、シールの目印では約95%、凹の目印では約98%、凸の目印では約95%、目印なしでは約68%が成功した。「QRコードの印の違いによる読み取り成功率比較(調査人数50名)」と題された、青い棒グラフ。点々の目印では約95%、シールの目印では約95%、凹の目印では約98%、凸の目印では約95%、目印なしでは約68%が成功した。

以下の動画では、触覚識別マークの効果をご覧いただけます。

NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の承認を受けて実施された実証試験について、その他の具体的な内容については、こちらの抜粋レポートをご参照下さい。